奈良市の中山間地域である奈良市精華地区を舞台に、伝統野菜の保存と継承を中心にして豊かな地域づくりを進める、三浦雅之さんをお招きして独自の取り組みのお話を伺いました。
集落機能の再構築と地域創生を目指す三浦さんの取り組み。
多くの地域の方々や団体と共同しながら歩みを進める三浦さんのお話には、これからの神戸にとって重要なことがたくさんありました。

トウモロコシの種との出会い

Project粟というものをやっておりまして、一言でいうと地方創生の取り組みです。
なぜこの取り組みを始めたのかと言いますと、すべては『トウモロコシの種との出会い』がきっかけになっています。

もともとは医療と福祉をテーマに仕事をしておりました。その中で、国家予算の大半を医療福祉分野に使っている国でありながら、国民の幸福度指数は先進国でも最下位、幸せをなかなか感じにくくなっている国、それが日本だと分かったんですね。
制度や法律、テクノロジーに依存して幸福を求めることも大切ですが、地域の中で人が助け合ったり、繋がり合う中に幸福はもっと増えるのではと考えて26年前に会社を辞め、『Project粟』を始めました。

Project粟の由来

粟とは五穀として日本人にも古くから馴染みのある作物ですが、事始めの吉日とされている、旧暦での”一粒万倍日”の語源にもなっているそうです。
また、漢字が伝わる以前の大和言葉によると、”あ”は全ての始まり、”わ”は全てが調和するという意味。
三浦さんたちが取り組んでいく伝統野菜を守るという取り組みもここから広がり、一粒で万の実りをもたらすような種火となるようにという思いを込めてこの名前になったのだそうです。

最初は見聞を広めるためにネイティブアメリカンの方々と生活を共にしてみました。
彼らの主食はトウモロコシ。それを地域のみんなで育て、レシピは家族で継承していく。トウモロコシの種が生活の中心にあることでコミュニティは維持されていくんですね。

彼らにとっての”トウモロコシの種”が自分たちの足元の土地にとっては何なのか。
そう考えた時に大和の伝統野菜に行き着きました。

地域資源を守り、育て、活用し、経済を回す

Project粟の目的は二つあります。
一つは、『奈良の伝統野菜をサバイブする』こと。
もう一つは、『私たちの地域である清澄の里を元気にする』ことになります。

清澄の里

奈良市の市街地近郊中山間地域にある旧五ヶ谷村で、人口1000人ほどの村。この地域に万葉歌人が足繁く通い、”清澄の里”と呼んでいたことからその名前がつきました。

そのために株式会社粟、NPO法人清澄の里、五ヶ谷農業協議会の3つの事業を連携させながら取り組みを進めております。

  1. 株式会社粟は大きな経済母体になっておりまして、伝統野菜を用いたレストランの経営、6次産業の商品開発、奈良県を始めとする行政との共同に取り組んでます。
  2. また、NPO法人では主に伝統野菜の調査/研究を行っております。学生さん、学校の先生、研究者などおよそ90人がのメンバーが関わっているのですが、その中で私たちの伝統野菜をずっと描き続けているプロの作家さんがおりまして。その方が描いてくださる絵で食育のかるたを作ったりもしております。
  3. また、NPOでは在来ヤギの保存も行なっております。ヤギは世界に200種類ほどいるようなのですが、私たちは昔から日本にいるヤギさんを保存しております。

こうして、NPOで大切に保存し、調査した地域資源を活用した農業生産を行う母体として農業組織も運営しています。

この3つの連携共同による6次化が我々のProject粟となっておりまして、上は86歳、下は中学生のメンバー、地域の老若男女の方々で運営していることも大きな特徴かもしれませんね。

地域づくりの中に経済性がなくては持続することが難しいなと感じております。ですが、経済性ばかりに意識が集中してしまうと温かみの無い地域になってしまいます。ですので、Project粟では利益をしっかり生み出すところは株式会社、公益事業はNPO、農業の振興は営農組織と位置付けて互いに連携させることを大事にしております。

Project粟では、観光立地にもレストランを置き、伝統野菜を料理として提供するだけでなく、奈良にまつわる展示やトークイベントを実施。近畿大学と連携して五ヶ谷生姜の商品化を行なったり、調査以前9種類だけしか明らかになっていなかった在来野菜を53種類も発見されたそうです。
自分たちの村を深く掘り下げ、知り、興味を持ってもらえるように整えて届ける。
全てを一気通貫で自分たちで取り組むことが大きな強みになっています。

懐かしくて、新しいを大事に。

伝統野菜が残っている地域は生物の多様性、地域の繋がり、伝統芸能といった他の色々なものも並行して残っているということが動いていく中で分かってきたんですね。

「昭和30年代には大切にされていたが、今はそうでないものとは?」

そう考え、調べていくと、行き着いたのがヤギだったんです。

昭和32年には76万頭ほどいたヤギですが、昭和36年に農業基本法が制定され、農作物の安定供給のために機械化や大規模化が進むことで、中小家畜としての役割を担っていたヤギは現在2万頭までに減少してしまったと三浦さん。

規格、収穫量が安定供給にそぐわなく減少しまった伝統野菜と通ずるところがあります。

人間の母乳に近いお乳の提供、野菜生産のため雑草駆除、接客、情操教育などといった色々なことをヤギさんはすることができます。牛と同じ体の構造なのですが、体が小さいために牛が育てられない地域でも育てることができ、子供でも面倒を見れることから子供の情操教育に大きな役割を果たしていたんですよね。

また、人間が雑草として困ってしまうクズ、スイバ、チカラシバといった植物がヤギさんの好物なんです。人間と共存するという点で生命のデザインとしてとても興味深いなと思います。

ヤギは生まれてから2時間で性格が分かってしまうんですよね、複数頭が生まれるともう本当にとっても仲良く無邪気に遊ぶんですよと話す三浦さんの表情には笑顔が溢れます。

12,3年ほどしか無い命。命と付き合うことは縁と考え、責任を持って付き合っていくべきと語る言葉には優しさと力強さが感じられます。

このようにしてヤギさんと触れ合う中でこう感じたんです。

『懐かしくて、新しい。』

一見すると初めて見たときに懐かしいと感じることはとてもおかしなことに思えますが、この感覚が私が大事にしていることです。

家族野菜を未来につなぐ

伝統野菜とヤギは私たちにとって大切なコンセプトなのですが、世の中をちょっとずつよくしてくためにこれから私が伝えていきたいコンセプトとして、”家族野菜を未来につなぐ”というものがあります。

国連が定める”国際家族農業年”が2014年だったのですが、あまり上手くいくことなく終わってしまったんですね。

家族農業とは、食糧不足解決を目指す農業の新しいあり方のことです。遺伝子組み換えや大規模農業などに頼るのではなく、市民農園や家庭菜園といった家族規模の小さな農業が食糧不足を解決するのではないかという国連の考えが現れています。

ですが、実は今年が家族農業年のプラス10年のキックオフイヤーなんです。これからの10年は家族農業や伝統野菜への取り組みのような地域に根ざした小さな農業の動きにより注目が集まると考えています。

伝統野菜保存への取り組みは、昭和36年の農業基本法を起点にして一度は落ち込んでしまいました。ですが、ここ最近はスローフードや地産地消といった社会の流れによって様々な取り組みが生まれてきています。

その土地の気候風土に根ざしているので作りやすく、いくら高く売れるかではなく美味しいから残したいのだと受け継がれてきた野菜が伝統野菜です。本来人間が食を紡ぐ時の大切なこの価値観、『換金性よりも嗜好性』を私たちも大事にしていきたいと思います。

本日はありがとうございました。