種はおよぐでは、新規就農に関することや、農家さんへの取材を進めています。今回のテーマは、「農家ってどんな日々を送っているの?」です。農家といってもそのスタイルは千差万別。神戸の農家さん3組に、どんな日々を過ごしているか聞いてみました。

ケース①講師業×農業 ながた農園 長田江美子さん

福祉施設職員から農家へと転身して6年目になるという長田さん。神戸市西区神出町にて3反半(約3500㎡)ほどの畑を切り盛りしています。ビニールハウスを持たず、(※)露地栽培のみで野菜をつくっておられますが、すごいのは年中出荷できているということ。毎月・毎日欠かすことなく野菜を供給できているというのは感嘆に値します。本人は平然とした姿で「いやいや…そんなことないです。」とはいいますが、その点を継続することは技術も不断の努力も必要なはず。長田さんのお話の中からヒントは見つかるはずです。

※露地栽培:露天の耕地で作物を栽培する農法

:農業をはじめて6年目ということですが、主にどのような野菜を作られてますか?

長田さん:少量多品種という傾向になりますが、長ネギ、白菜、ナスなど季節ごとにいくつか絞っています。その中で、こだわりというかチャレンジしたいものも、その折々に出てきます。たとえば里芋は、昨年度はうまくいかなかったのですが今年度はじっくり腰を据えて取り組みました。おかげでたくさんいいものが採れたかな、とは思います。それから長芋もずっと作り続けていきたい野菜のひとつです。

:(※)有機JASも認証されていますね。

長田さん:自分の栽培した野菜を手に取ってくれる人に、客観的にわかりやすく伝えられる指標として取得しています。安全な食べ物を作っている、販売しているということを表現していけるひとつの手段だと考えています。

※有機JAS制度:農林水産省に認可された登録認証機関によって検査され認証をうけたもののみが表示できる制度。有機JASマークがついた食品は「有機」「オーガニック」とうたうことができる。

:就農したころと今とでは、自身の中でなにか変化はありますか?

長田さん:就農当初はもう少しのんびりできるかなと思っていました。そういうわけにもいかないものですね。今はとにかく、自分の手に負える範囲内で農業をやりたいなと思っています。

:長田さんといえば、ながた農園としての野菜栽培・出荷のみならず、介護福祉の研修や農業スクールでの指導など、講師としての一面もお持ちと伺っています。

長田さん:前職との兼ね合いもあり、介護福祉の研修講師として指導させてもらうことも引き受けています。今はとくにアジア方面から来る人たちにも技能や心構えなどを伝えています。また「Bio Creators有機農業スクール」にて、(※)神戸ネクストファーマー制度を利用して農業を学ぶ方たちに講師として座学や実技等を教えています。

※神戸ネクストファーマー制度:働きながらでも可能な短時間の農業研修を受けることで、小規模な農地を借りることができる制度。

:まさに多忙な日々ですね。そうした中で、ながた農園の冬場の一日の流れはどういったものでしょうか。

長田さん:7時ごろ、明るくなったら収穫をはじめます。冬はまだ野菜が凍っている日も多いので、気象予報を見て前日夕方に収穫する場合もあります。それから調製・袋詰めをして11時ごろに出荷や納品します。その後にお昼休憩をとり、午後からは畑の栽培管理など。だいたい17時半ぐらいまで仕事です。それから、週に2回は午後に介護福祉の講師業がありますし、月に2回は農業スクールでの講師活動も終日あります。もちろん講師としての資料作りなども家で行いますし、見学者や研修希望の方の対応も一日の中に組み込まれています。

:マルシェなどでも長田さんの野菜は「きれい」という声をよく聞きます。「おいしかったから」といってまた買いに来るというリピーターも絶えません。野菜作りで心がけているものはなんでしょうか。

長田さん:大事にしているのは『土を育てる』という感覚です。それから『家庭でおなじみの野菜をおいしく育てたい』という思いを持つことです。このふたつはいつも意識しています。

:そんな長田さんですが、今後はどのようなことを考えておられますか。

長田さん:わたしの野菜を食べたいなと思う人がいつまでも食べてくれたらうれしいし、そのためにも質を上げていきたいと思っています。有機農業スクールでも常に言っているのですが、将来的には土づくりを極めたい。それから、農業をやりだしてから思うようになったのですが、作り手としてこの環境を壊したくないな、と。次世代に伝えられるような農業を営んでいきたいと考えています。

よどみなく出てくる言葉の数々に力強さを感じずにいられません。それは、その場で出た思いつきのものではなく、いつも考えている言葉だからなのでしょう。話し方もけして押しつけがましいものではなく、時にユーモアを交え、時に世を憂い未来へ思いを馳せる。周りを和やかにさせて、かつ、引き付けてしまう魔法のような魅力を持つ人です。そんな長田さんを慕う人が多いのも当然のことでしょう。人柄は一言でいうと「人情味あるお方」。場面によっては、はっきりと自分の意見を述べることもあれば、そのようなときでも生来の面倒見の良さでかならずフォローを忘れない長田さん。まさに指導者としての理想的な側面を持ち合わせているといえるでしょう。ずっと野菜を提供できているということ。その答えは、人にも野菜にもしっかり向かい合う、その人柄から導かれているのですね。

ケース②通い農業 まるっとふぁ~む 久保浩俊さん

2023年に農家としてデビューしたばかりの久保浩俊さん。当初は神戸市内の有機農業スクールにて学んでいましたが、本格的に農業を営みたいという思いを強く抱くようになりました。あらためて農家のもとで研修生となり、満を持して独立。現在は神戸市西区櫨谷町にある2反(約2000㎡)ほどの畑に、垂水区にある自宅から車で通いながら農業を営んでいます。

:ここまでに至った経緯を簡単に教えていただけますか。

久保さん:神戸ネクストファーマー制度を利用するため、有機農業スクールを受講していました。最初は兼業農家になろうかなと思っていたんですが、学ぶうちに段々と農業一本で挑みたくなりまして、有機農業を営む農家の元で研修生となりました。そこで研修を終えて、農地を紹介してもらい、今に至っています。

:農家となった今のお気持ちは。

久保さん:もちろんうれしい気持ちもありますが、なにせ日々慌ただしく、ゆっくり振り返る余裕も今のところないんです。畑を管理して、収穫したものを洗って、家に帰って整えて包装してまた次の日が来て、という調子です。どの農家さんもそうだと思うのですが、毎日走っている感じです。

:この冬場においては、久保さんの1日とはどのようなものになっていますか。

久保さん:畑の近くで引っ越し先を検討していましたが、現在は垂水区から圃場の西区に車で40分ほどかけて通っています。ガソリン代が痛いですね。冬は変則的な動きとなるのが多いのですが、まず午前は配達がありますね。それから育苗、植栽の世話や畝づくりなどの畑作業に、ボカシ肥料づくりなどです。午後は種まき、収穫作業に出荷調整などです。冬もやることはたくさんあるんだな、と思っています。

:主な出荷先はどういうところですか。

久保さん:スーパーや直売所などです。それから個人宅に飲食店、話があればマルシェなどにも積極的に出ています。また、妻の勤める職場で野菜購入グループをつくってもらい、そこで販売もしています。デイサービス施設でミニマーケットを開いてもらうなど、妻の企画力、行動力に助けられるところは大きいです。農業をすると決めた時も背中を押してくれましたし、こうして営業もして販売の際のポップもつくってくれています。ありがたいかぎりです。

:畑を拝見させてもらう中で目を引くのが、きちんと管理されているということ。育苗室も畝もきれいだし、隣の畑との境目もちゃんと草刈りしている。

久保さん:限られた面積の中で栽培するので、整理整頓はこころがけています。農地は親方や地主さんとの縁を考えると粗雑にするわけにはいきません。ただ、草はほんとよく生えてきます。夏場は草刈りに追われていた気もしますね。農業をはじめてこれは大変だ、と思ったことのひとつが草刈りです。これから気候もどんどん変わってくるでしょうし、草刈りがポイントだと思います。

:軽トラも荷台が工夫されていますね。荷物が効率よく収納できるよう、ラックが組み立てられている。苗を植える際の器具も手作りですね。こういうのはご自分でされているのですか。

久保さん:もともと工作が好きなんです。前職は鍵や靴などをリペアする仕事でした。料理もしますので、つくった野菜の調理法などもお客さんに伝えられるし、ちょっとした機械ものなら触れます。

:農家となった今、スクール生時代からここまでの道をたどると、どんな思いがありますか。

久保さん:スクールで学んでいたころは、無我夢中でした。小さな面積でしたがいろんな品種をつくりましたし、同期生も指導される方も近くにいたので安心感もありました。研修生時代は自立する覚悟といいますか、農家として生きていく術を学んだ気がします。また、そこで出会った仲間と組むこともできたので得ることが多かったです。今は、収量の多さが必要かと思います。量があることで安定して売ることもできると思っています。

:話の中で「仲間と組む」という言葉も出てきましたが、実際にはどのような活動をされているのでしょうか。

久保さん:数名でチームを編成しまして、自分の農園以外にも共同で畑栽培をしています。飲食店にも出荷していますし、子どもたちに収穫体験などのプログラムも提供しています。このあたりはもっと充実させていきたいです。それから、チームとしてのメリットは、トラクタ-などの大型で高価な機械を共同購入できたことです。

:日々忙しいとは思いますが、今考えていることや未来への展望はありますか。

久保さん:今第一に考えているのは、この流れを安定させること。お客様との出会いを大事にして継続したい。実は、私が農業に興味を持ち出したのは農業高校に通っていた息子のおかげなんです。その息子に引き継ぎ託せるよう、妻とがんばっていきたいです。あとは、末っ子が学校を卒業するタイミングで、西区に移り住もうかなと考えていますね。

謙虚で控えめな話しぶり、その穏やかな口調からにじみ出てくる言葉の数々は、他者への思いやりにあふれていました。話を伺いながら驚いたことは、既に販売先をいくつも確保しているということ。仲間と活動しているということ。先を見据えた動きをしているということ。これらは当然のことのようでいて、実は案外難しいものです。久保さんの人柄が仲間を集め、応援してくれる人を呼んでいるのでしょう。奥様の奮闘ぶりも特筆に値するものです。出会う人みんなで作り上げている農園。それが、まるっとふぁ~むです。

ケース③養蜂 いなだ養蜂園 稲田慎二さん、結花さん

定年退職のない仕事に従事したい、と一念発起した稲田慎二さん。会社勤めを辞め、大阪にて養蜂業を営む叔父のもとで4年ほど学んだ後に、2006年独立。奥様の結花さんと二人三脚で『いなだ養蜂園』を開業。神戸市北区鈴蘭台の自宅敷地内に店舗兼作業場を構えています。

:稲田さんのミツバチたちは普段どこで活動しているのですか。

稲田慎二さん(以下、慎二さん):私たちは西洋ミツバチを飼育しているのですが、主に北区の六甲山系の山あいに巣箱を置いてはちみつを採集しています。最近では西区の農家さんにレンゲの種を播いてもらいレンゲのはちみつを採ったり、2022年からはポートアイランドの企業とコラボして日本初であろう人工島でのはちみつを採集したりしています。

:今回インタビューさせていただいたのが冬の時期(2024年1月下旬)。ミツバチというと春にせっせと働いているイメージがありますが、実際のところどうなんでしょうか。

慎二さん:冬場はやっぱり寒いので、ミツバチは巣箱の中で球状になってじっとしているんですよ。梅の花が咲く2月ごろからミツバチは活動をはじめます。4月から6月がはちみつ採集のシーズンです。

:季節ごとに仕事内容が変わるのですか。

慎二さん:冬は巣箱の清掃修理や忙しい時にはできない事務仕事などが中心です。同業者の集まりもこの時期に多いです。春はミツバチが活発になり、巣箱の中もにぎやかになってきます。夏は餌やりとスズメバチの防除などですね。

:この冬場の作業ですが、1日の流れはどういうものでしょうか。

慎二さん:午前中は直売所などへの出荷準備、納品があります。それから、はちみつの瓶詰め作業ですね。あ、その前に犬の散歩があります。考えをまとめたりするいい時間です。午後は巣箱の掃除です。傷んだ箇所を補修したり、新しい巣箱を組み立てたりしています。それから、器具の点検など次のシーズンに向けた準備ですね。

:結花さんのお仕事はどのようなものですか。養蜂という職種もはじめの頃はまったくの未知なる世界と伺いましたが。

結花さん:とにかく驚きの連続でした。夫婦二人して商売の経験がなかったので、当初は戸惑いもありました。でも、まあ、ね。仕事としてはそれぞれ役割があります。戸外にて巣箱を管理したり力のいる仕事は夫、店にいて電話対応や接客、営業などは主に私が担当しています。あと、実は私、ちょっと虫が苦手なんですよ。ふふふ。

:店内のレイアウトも落ち着いた雰囲気で、陳列しているはちみつの瓶もおしゃれですね。いまはどんな種類のはちみつがありますか。

結花さん:レンゲ、さくら、アカシア、くり、ハゼ、それから「森のはちみつ」ですね。「森のはちみつ」は私たちが名付けたんですけど、百花蜜(複数の花から採れたはちみつ)のことなんです。私のおすすめです。ちなみに慎二さんはレンゲを推してます。このレンゲのはちみつラベルのデザインは息子が描いてくれたんですよ。さくらのラベルは娘が小さいころに描いたものを使っています。

:今後の展望はどのようなものでしょうか。

慎二さん:いまの規模を維持していきたいですね。毎年毎年が勉強です。

結花さん:時間にもうちょっと余裕ができたら、加工品や飲食物なども提供できるようにしていきたいです。飲食ブースができたらいいですね。はちみつをつかったレシピなども揃えながら。

慎二さん:私は甘いものも好きなので、プリンもつくりたいな。

巣箱の清掃や餌やりなど、ミツバチにとっての快適な環境を維持するためには、日々の細やかな気配りが大切なのだと察します。ミツバチの体調管理を最優先とし、自然と向かい合いながら蜜を集めていく慎二さんの誠実さ。そんな慎二さんの思いを受け止めて、いかにお客様に伝えていくか、はちみつの素晴らしさをどう表現していくかという観点から店を切り盛りしていく結花さんの優しさと才覚。焼き菓子などで「いなだ養蜂園のはちみつを使用しております」という文言をみるたびに、お客様から支持され、いろんな飲食店さんから重宝されているという事実を知っていきます。味もさることながら、お二人の作り出す雰囲気も絶妙な配合の、まさにスプーンひとさじの幸せ。そう、私もすでに、いなだ養蜂園のファンなのです。

【いなだ養蜂園】
場所:神戸市北区鈴蘭台西町5丁目19-6
定休日:月、火
営業時間 10:00~17:00

文:fresco fresco 丸山倫寛
写真:前田淳子